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憎いほど説明が上手くなる!最高に説明上手な人が大事にしてる心構え。

オピニオン

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現代では、コミュニケーション能力の一つとして、説明上手であることがすごく求められる。

実際にネット上では、結論から理由を言え!、ゆっくり話せ!、といった説明がうまくなるテクニックをビックリするほど見かける。

けど、説明が上手くなるには、小手先のテクニックよりも、そのベースとなる心構えが重要だと僕は思っていて、それに言及する記事は少ないなって感じている。

なので、今日は自分が感じた、また説明上手な人のスキルを観察して気づいたことを書いてみたい。

 

説明する目的を明確にする

説明上手な人は、必ず何でそれを相手に説明するかを最初に明確する。対して、説明下手な人は、なんとなく説明する。何を説明するのか、そして何をしてもらいたいのか、そこを抑えずにただ自分が感じたこと、考えたことを説明している。
これじゃ、相手には伝わらない。
なぜなら相手が何故その説明を聞かなければいいかが分からないからだ。

何かについて説明するとき、そこには必ず理由があるはずだ。
ただ報告して知ってもらいたいのか、それとも報告を聞いてもらった上で判断してもらいたいのか。まずは、相手に何をしてもらいたいのかという目的を明確にして、伝える必要がある。そうすれば、相手は、説明を聞いた後の行動をリアルにイメージできるようになる。これがすごく重要になってくる。例えば、カフェの店員として、問題を店長に説明する場合、説明上手な人は、「問題が起きましたので、対処法をご判断頂きたいです。何かというと、さっきお客さんが・・・」と、目的を話してから、問題を説明する。相手は判断する必要があることを分かっているので、「判断するための情報をちゃんと聞き取ろう」となる。

対して、説明下手な人は、「店長!さっきお客さんが来たら、テーブルを蹴り上げてしまって、それで・・・」といった感じにただただ問題を説明する。聞く側も説明を聞いた後「何をすればいいのか」というイメージが湧かないまま、説明を聞くのでポイントを押さえづらい。だから、伝わらないんだ。

目的をはっきりと最初にいうと、一本の大きな軸を基に相手が説明を聞いてくれるんだ。これがすごく重要だと僕は思っている。軸があると、こちらの説明に一貫性を持たせようと聞く側も勝手に努力してくれようになるからだ。それが結果的に相手の理解の促進に繋がる。

 

徹底的に相手視線に立つ

口頭でも、文章でも、僕が「この人説明うまいな〜」って感じるのは、自分の視点を巧みに捉えている時。まるで、脳内を覗き込まれてるかのように、自分の理解が進む材料・知識を適切に選んで"くれる"。 

説明上手な人は、説明する側と説明を受ける側で理解・前提知識のギャップが存在していることを何よりも気にしている。だから、まず相手が何を知っていて、何を知らないのかを把握する。そして、今から説明することを理解してもらうためにどうするか?っていうのを徹底的に考える。

池上彰なんかはこれが抜群にうまい。彼が一回サブプライムローン危機問題について説明する際に、日本の福袋で例えた時は本当に度肝を抜かれた。一通りのサブプライムローンの概要を説明したあと、かれはこう言ったんだ。

サブプライムローン危機問題は、日本のお正月の福袋と同じだと考えていいでしょう。

福袋というのは中身が見えません。でも、大手デパートが福袋として
販売しているわけですから、変なものを売るわけはありません。
大手のデパートが販売した福袋だという、そういう外側のパッケージを
信用して福袋を買います。ところが、家に帰って中を開けてみたら、
小さな子どもがいないのに、子ども用品ばっかり入っていた。

ああしまった!

なんてことが起こり得るわけです。

アメリカ金融商品も同じことでした。格付け会社がトリプルA を付けました。「大丈夫だな」と思って買った。ところが、この 中にサブプライム
ローンの債権が含まれていた のです。

 サブプライムローン危機の説明をする時、サブプライムローンが金融商品であることは簡単に説明できる。但し、それがどうして問題に繋がったのかは中々複雑だ。そこで、池上彰はサブプライムローンを福袋という日本中だれもが知っている知識と照らし合わせたのだ。本当に天才だと思った。

 

 常に自分を疑う

説明下手な人は、説明するときに、盲目的に自分の言うことが正しいと考えてしまうことがある。逆に、説明上手な人は自分の説明を信じきらない。どこかしら間違っているかもしれないと常に自分の説明が正しいかを疑っている。

これは論理性の検証と言い換えても良いかもしれない。基本的に、論理的説明でなければ、説得力のある説明にすることはできないということを説明上手な人たちは知っている。説得力というのは、他人を同意させる力があるというとだ。

この論理性の検証において、自分を疑うことが重要になってくる。本当に他の人が納得してくれるのか!?って自分を疑うから、説明1つ1つに裏付けを用意するようになる。細かな所にも信憑性がある裏付けがあるから、聞く側もスッと理解することができる。

そこらへんの駅周辺で演説している政治家や団体の説明が全然ピンとこないことがあったりしないかな?
そういう人たちは盲目的に自分が言っていることが正しいと思っている。だから、その裏付けを用意しないとも思わない。
「世の中は不公平だ!だってそうだろう!私はそう考えてるんだから!」
ってな感じのすごい非論理的な説明になってしまっているんだ。
その根本的原因は、自分の意見は絶対的に正しいと考える姿勢だったりする。

 

最後に

僕にとって説明とは相手に自分と同じ視点に立ってもらうことだと思っている。ただ、これが本当に難しい。同じ人間なんていないから、同じ説明をしても人それぞれで感じ方は違う。だから、説明上手な人は相手が違うと、絶妙に内容を変える。

僕が説明上手になりたいなーって思うのは、説明が上手ければ上手いほど、色んな人に自分と同じ視点に立ってもらえるから。物事が圧倒的に進めやすくなると思っている。今までの人生で説明がめちゃくちゃ上手い人を見ていると、難しいこともいとも簡単に実行している。そんな所に僕は強烈に憧れてしまう。