読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

就活中、努力は必ずしも実らないことを知った。けれど、幸運の掴み方を1つ知れた

体験談 自分のこと

 f:id:azuma-excited:20160228203046p:plain

 

この経験を僕の生き方のベースになっている。

次は、運をしっかりと掴み取りたいから。

 

 

とりあえず、上を目指す。

僕は典型的な就活生だったと思う。
かといって、この考え方が悪いとも思っていなかった。
向上心があるからこそ、何かを成し遂げた時大きな喜びを得る事が出来るし、挑戦すること自体が自分の人生を輝かしてくれると思った。

自分が行きたいなと思う企業の中で、出来るだけ上の方を目指す。まず、周りがすごいと思う企業を2chの就職偏差値と年収ランキングで調べた。
「やっぱトップ5くらいに入るのはすげーんだろうなー。でも別にそれらの企業にやりたい事があるわけでもないしなぁ」

自分のやりたい事と社会的ステータスの折り合いを考える日々だった。
「ってか、自分って何がやりたいんだろう?」
おそらく、これは多くの就活生が一番悩むトピックだ。
インターンしたわけでもない。
実際に会社の仕事をしたわけでもない。
なのに、自分のやりたい事がわかるわけない。
そこで、感性でやりたい事を決めることにした。
なんとなく話を聞いてて面白そう!って思った仕事が良いな。
ロジカルに考える必要はない。
違ったらまた何か新しい事を始めればいいだけだ。
結果、僕は自分が生み出した物で人々の感情が動くのを目の前で見れる仕事だったり、
ものづくりに興味を持っている事がわかった。
これだ!と思い、あとは説得力のある志望動機を作るだけだった。

あれ、違った

一つの問題にぶち当たった。
志望動機をマニュアルに従って、自己分析や過去の経験を文字に書いていくと、一つの完璧な志望動機が出来た。

「すげーなこの志望動機。負ける気がしないわ。」
出来たときは、自信満々で調子に乗っていた。
ただ、それは上記のやりたいことが実現できる企業ではなかった。
簡潔にいうと、昔シリコンバレーというアメリカの産業集積地帯に住んでいた経験から日本での産業集積地帯作りに関わりたいという物だ。
自分の過去を基にした志望動機は感性でやりたいと感じた事とは違っていた。

第一志望は超難関企業

f:id:azuma-excited:20160228204957p:plain

自分の完璧の志望動機は三菱地所にしか通用しなかった。
しかし、三菱地所でも自分がやりたい産業集積地帯作りを行えるのは少数で、そんな人材はあまり求めていない事が問題だった。
もし仮に自分が入社したとても、やりたい事をやれる可能性は極端に低い。
しかも、毎年の採用人数が20〜30人の少なさで、プロサッカー選手になるより難しいとも言われている。
ただ、年収は良いし学生の間でもステータスは申し分になかった。
自分のやりたい事が出来る企業達は、自分がワクワクしながら働ける可能性が高い。
しかし、給料、ステータスといった面では三菱地所ほど他人から羨ましがられることはない。

正直迷った。

どっちに本腰を入れて就職活動を行うか。
「ってかこんなとこ俺受かんの?」ともおもった。
ただ、僕はこの三菱地所にとてつもない縁を感じていた。
中学2年生で渡米し泣きながら、アメリカで頑張った経験、そして大学で研究(シリコンバレーについて研究していた)している事を基に作った志望動機がここしか通用せず、かつ他人に真似出来ないとても強い志望動機だった。
「あの経験も、今勉強している事も全てはこのためだったのでは」そんな考えが頭のなかをよぎった。
もしここに受かれば、俺も天才と呼ばれるのかな。
社会に出たら皆からの羨望の眼差しで見られるんだろうな。
そんな事を考えていると、三菱地所への思いがどんどん強くなっていった。
そして、三菱地所に本腰を入れる事を決意した。
結果的に僕は、この決断おかげで、自分の人生で初めて「あ、これは運命だ」と思わざるを得ない経験をすることになった。

もう三菱地所しか狙わない。徹底的に攻める

就職活動が解禁された12月、僕は大学のキャリアセンターに足を運んだ。
目当ては、OB名簿だ。
パソコンの検索に「三菱地所」とタイプした。
「えっ!少ねー!!!」
登録されているOBは2000年以降に卒業した人達のみで、何より毎年一人か二人しか登録されてなかった。

キャリアセンターのお姉さんに何回確認しても、これ以上はいないと言われた。

「うそっしょ.....毎年一人って」
改めて、三菱地所に内定を貰う事の難しさを痛感した。
「調べたら上智大学がギリギリのラインやわ。一人でもチャンスがあることに感謝やな」
約13名のOBの電話番号と名前をノートに書き写し、片っ端からOB訪問する事にした。
OB訪問をして5人目だっただろうか。
そろそろ若手社員じゃなくて、中堅の人にも思いっきり自分の考えをぶつけられるようになったと思える程自信がついた。
そして出会ったMさんに僕は魅了された。

Mさん「OB訪問してくる子なんて久しぶりだよ」

僕「そうなんですか?」

Mさん「うん。新卒とか3年目の人にはよく来るらしいけど、8年目ともなると皆怖じ気づくのか、電話かかってこないんだ。」

Mさんはとってもかっこよくて、話が面白くて、気さくで、知性が溢れでてた。
これだけ見てもパーフェクトな人間なのに、さらに彼は学生らしさというか、大学生である僕に合わせたトーク展開してくれていた。
他の企業の説明会にいくと、俺の仕事ってこんなにすごいんだぞって主張する人が多い。
Mさんは違った。
Mさんは、仕事の話を「どうここ面白いでしょ?」という風に、Mさん自身が考える仕事の面白さを自分にとって身近な物を例えてわかりやすく説明してくれる。
話の要点を掴むのも卓越していて、自分が何を知っておくべきなのかを重点的に教えてくれる。
さらに、会話の合間、合間にジョークで笑わせてくれる。
完璧に自分の理想像だった。Mさんとの初めてのOB訪問が終わった時、僕の気分は抜群に高揚していて、気付いたら電車がくるまでの間、ホームの端から端まで全力疾走していた。

あんな人になりたい・・・!あの人と一緒に働きたい・・・!

家に帰って早速お礼メールをかいたが、気付いたら、我慢出来なくて次の日にまたOB訪問していいですか?と電話していた。
そこから、僕とMさんの特訓は始まった。
結果的に、Mさんには5度もESをメールで見て頂いて、3回もOB訪問させてもらった。

毎日良い準備をするだけ

f:id:azuma-excited:20160228211355p:plain

私は本田圭祐が好きだが、彼のこの言葉が大好きだ。
「毎日いい準備をするだけ。」
いつも彼はぶっきらぼうにインタビュアーにそう返答する。
就職活動中何度もこの言葉が頭をよぎった。

いい準備をする。
毎日いい準備をするだけ。
何をしたらもっと良い準備ができるか?
何がまだ足りないだろうか?
ってことを考え続けた。

人間面白いもので、考え続けると何かしらの答えを導きだすことができる。
三菱地所は、丸の内のエリアを国際的金融街にすることを目指していた。
僕は、受ける気もないメガバンク、外資銀行の人にも10人程OB訪問し、少しでも三菱地所の面接に役立ちそうなことを聞き出した。
「どうやったら日本に国際的金融街が出来ると思いますか?」
どうしたら日本の金融がもっと強くなるかを聞きまくった。
中には「金融業界受ける気あんの?」と思われて、すごく嫌な顔もされた。
それでも、気にせず地所がらみの質問をし続けた。
自分が求める情報に対しては妥協したくなかった。
そして、金融街を目指す上で、どうするべきなのかについて、僕の考えを説明出来るようにした。

さらなる幸運

3月の中旬、ESを出し終わり、キャリアセンターで調べ物をしていた。
そしたら、隣で今期授業で知り合った女の子が座っていた。
しばらく就活について話しあって、直ぐに僕は三菱地所を志望していることをいった。

そうすると、彼女の口から、

「私の父親三菱地所だよ」

という言葉が出てきた。
僕は驚愕した。

「会いたい!会いたい!!会いたい!!!」

猛烈に会いたいと頼み始める僕に彼女は戸惑っていた。

「いいけど、どうだろうねー」

そこでも、僕は食い下がらず、彼女の父親の経歴を聞いた。
そうすると、彼女の父親は三菱地所に転職していたことがわかり、転職前は僕の父親と同じ会社だった。

「ひょえーー!びっくりだねーー!!でも、OB訪問は女の子ならいいよって言ってたからなー」

そこをなんとか...

OB訪問だとどうしても30代までにしか話を聞けず、ベテランの方のお話を聞けることなどなかった。ましてや、最終面接官は親と同世代の人になる。なんとしてでも、話を伺いたかった。
かえってすぐに父親にメールを送った。
「〇〇(女の子の名字)さんって知ってる?」
「あー知ってるよ。すごい昔だけど、2年くらい俺の部下だったよ」
なんと女の子の父親は昔の自分の父親の部下だった。
女の子も父親に自分の話を聞いたらしく、息子さんみてみたいから、会ってやっても良いよって言っくれたらしい。

え、ちょっと待って。
自分の経歴のおかげで志望動機を完璧に言えるし、
大学で興味のある事を勉強していたらそれがまた完璧な志望動機につながってるし、
OB訪問していたら、5人目で元面接官にあたるし、
自分の大学が三菱地所に受かることが出来る最低ラインだし、
父親のおかげでOB訪問では到底会うことの出来なかった年代の方の話を聞けるし、
これラッキーすぎるでしょ。
運命だと思った。
そして、自分が目指してることを公言することの大切さを知った。

そして、後日その女の子の父親と会えることになった。
結果、僕の考えていた志望動機はかなり突っ込まれて、ボロボロにされた。
「不動産の事をちゃんと分かっていない」とまで言われた。
めちゃくちゃ悔しかった。
でも、おかげで、志望動機は洗練されたし、何より最終面接官に近い年代の方と話せたのはかなりの収穫だった。

いよいよ本番

f:id:azuma-excited:20160228214654p:plain

ES合格の通知もきて、4月1日に近づいていく。
ここまでやったら受かるはずだという自信と、
僕の大学からは毎年、一人受かるかどうかだ。
大丈夫なのか。
という不安が入り交じった。
「今出来る事を一生懸命やろう。未来の事を考えても不安になるだけだ。」
と、毎日思ってもやっぱり気になってしまう。
心を制御するのが大変だった。
そして、一つの不安があった。
三菱地所の仕事がはたして本当に自分のやりたいことなのか?OB訪問をして分かったことは、不動産の仕事はとても時間がかかるということ。
開発になってもデベロッパーの仕事としてまとめる事が多く、自分のアイデアが形となって現れる事仕事は少ないということ。
開発や建物コンテンツを考えてる人なんて会社でもごく一部で、大部分は営業や地主から土地を買うための接待、ビルの管理など地道な仕事は多いということ。
正直、僕は4〜5年かけて仕事するのは想像出来ない。
どちらかというと短期型だし、自分のアイデアが形となって物に現れることにとてつもない喜びを感じるし、契約書とか法律に関わるよりは、人とコミュニケーションを取って仕事を進めていくのが好きなのは分かっていた。

これは本当に自分がやりたいことなのか?自分に合っているのか?
分からなかった。
ただ、ただ、産業集積地帯に関してとてつもない興味を抱いてるし、それに関わりたい。

それは、三菱地所でしか実現できないのだ。
腹をくくった。
三菱地所にだけ集中していたから、ESを12社くらいしか出していない。
しかも、商社5社、メーカー6社に三菱地所だけの大手企業ばかり。
もう後戻りは出来なかった。

そして、4月1日。

ついに、三菱地所の就職試験が始まる。
まず、最初にくる関門はグループディスカッション。
ここで落ちてしまえば、OB訪問で集めた情報、何度も推敲してきたES、面接内容全てがパーとなってしまう。
かなりのプレッシャーで体の中が熱くなった。
いつも通りに歯を磨き、ご飯を食べ、ネクタイ締めて準備する。
唯一いつもと違うのは、遅刻癖のある自分が会場に20分前に着くように準備していることくらいだ。
電車に乗ると、周りの就活生に多く会う。
皆、それぞれが行きたい企業があるはずだ。
ただその願いが叶う人は一体どれくらいなんだろう。
自分の事に集中してる学生もいれば、「お互い頑張ろう」と言い合えた気がする就活生もいた。
淡々と電車は僕を目的地まで運び、一歩一歩、大地の感触を確かめるように会場に向かった。
1日の朝一のグループ。
9時10分。
もちろんそれは、三菱地所を第一志望とする優秀な学生が集まる事を意味する。
待合室はとても狭く、既に50人程が、肩をくっつけて座っている。
もうほぼ満員だ。
待合室では誰もが、一言も話さない、異様な雰囲気だった。
重苦しくてトイレに逃げたくなった。
ただ、やる事は決まっている。
大丈夫。
全てをこの企業につぎ込んだ。
俺は受かる。
時計を見ると、長い棒が2を指していた。
社員が意気揚々と乗り込んできた。
グループディスカッションの始まりだ。

地味なやつが悪魔に見えてくる

就活のグループディスカッションを通して学んだことがある。
人のある一面を見ただけで、馬鹿にしてはいけないというものだ。
学校の授業で地味そうな人を見ると少し馬鹿にしていたことがあった。
話しかけてもつまらなそうと。

ただ、ことグループディスカッションになると、地味だと思ってた人が悪魔のように猛威を振るってくる。
今までそういう人をちょっと見下した自分が恥ずかしくなった。
その人の全てをみていないのに、俺は何が分かっていたんだろう。
どんな人でもその人の得意分野は何かしらあるのだ。
三菱地所のグループディスカッションでも、一見地味の人が切れ味鋭い意見を言ってきて、お互いの意見が目まぐるしく交差しあっていた。
一進一退の攻防戦が続き、一瞬も気を抜く余裕がない。
言葉を発する度に、額に汗がジワジワと浮き上がってくる。
このままだったらいけるか?何とも言えない。
そう思った時、隣の女の子がぶるぶると震えていて、涙目になっているのが目に入った。
最初だけ少し意見を言って、途中から同意しかしない子だった。
多分この子もすごく三菱地所いきたいんだろうなと思った。
だけど、今その道が閉ざされそうなことに焦りを感じて、悲しくなってきているように見えた。
グループでの話がまとまってきたとき、今まで同意しかしてこなかった彼女が、名誉挽回とばかりに意見を言ってきた。
ごめん。俺もどうしても受かりたいんだ。
こんなところで落ちたくない。
「そうですね。なるほど。じゃ、ここはどうしましょうか?利益面の要素がなくなるんじゃ?」
僕の反論は彼女の希望をそっと閉ざすものだった。

グループディスカッション合格の通知はその日の夜に来た。
よかった。
これでとりあえず、4ヶ月間の必死にやってきたことをぶつけることができる。
合格通知に気付くのに遅れてしまい、翌日の枠はすでにいっぱいだったため、二日後の午後に面接を入れた。
面接は早ければ早い程が良い。
少し焦った。

そして、第一次面接。
二回目ともあり、少し落ち着いていくことができた。
今までOB訪問でも模擬面接はしてもらっていたが、改めて本番はまた違う雰囲気だった。長身でちょっと色黒の社員に名前を呼ばれて、面接室に向かう。


面接官「まず、弊社を志望する理由はなんでですか?」

 

「はい、私のやりたいことは御社でしかできないからです」

待ち受ける激ムズ面接

面接は軽快に進んでいった。

頑張ったこと、自己PR、志望理由、全てに対して面接官は好感を持って反応してくれた。
時折ちょっと捻った回答を挟みつつ、面接官も笑みをこぼしてくれた。
完璧だった。今までの努力が報われたと思った。

その日の午後、ケータイが鳴り、拳を握りしめながら出た。
「はい、Azumaです」「三菱地所の〇〇です。」
よし!!受かった!
「次の面接に進んでもらいたいのですが、明日の17時は大丈夫ですか?」
あ、まじか・・・他の企業の面接が入ってる・・・
「大丈夫です!よろしくお願いします。」
僕は、その時間に書かれていた企業名に横線を2本入れた。

第二次面接。
待合室に向かうと、4個の丸いテーブルに7〜8人座って待っていた。
「こんばんは」と軽く言いながら、男子学生の向かい側に座ると、ギロリと睨まれた。
無視かよ。
インターネットの情報だと去年は個人面接だと書いてあったため、待合室で4人の名前が呼ばれたことに驚いた。
グループ面接なのか。
面接官が自分が座っていたテーブルを会場へと呼んできた。
待合室で睨んできた男も一緒だった。
名前を呼ばれた時からすごい笑顔をみせている。
面接官の前での態度の豹変ぶりに内心、笑ってしまった。
面接官は新卒採用担当の人だった。
今まで説明会などでずっと話を聞いていた人にむかって、今度は自分が話をすることに多少の違和感を感じた。
そしてこの時初めて他の就活生の志望理由を聞いた。
正直、「そんな程度か」と思った。
周りの志望理由を聞いて、改めてどれだけ自分の志望理由が三菱地所に特化しているかが分かった。
なんだこれ、これなら余裕だ。
負ける気がしない。
しかし、そう簡単にいかないのが三菱地所だった。

面接官「あなたが就活中、成長したことはなんですか?」

あー、わからない。考える時間が欲しい。最後に聞いてくれ。

面接官「では、まず・・・」

頼む。最後にしてくれ。違う人から始まれ!

面接官「Azumaさん!」

ふぁっっっっく!最初かよ!わからない!!!

「私は、就職活動を通して、、、、」

日本の企業は改めてすごいなーって感じました!

とか意味分からんことしか思い付かない。

 

あー!!

 

あかん!!わからん!!!やばい!!!!

 

 

あーーーーーーーーーーーーー!!!!!

 

 

「より多角的に物事を見る視点を身につけられたと思います。」

 

 

咄嗟に出た答えだった。

あくまでも顔はクールに保ちつつ、言いながら頭をフル回転させてそれを証明する理由を考える。

「スーパーに行ったとき、今まではなんとなく製品を取るだけでした。ただ、就職活動を通して多くの産業、企業、そして企業の役割を知ったとき、一つの製品が出来るまでにどれだけ多くの企業が絡んでいるかが分かりました。例えば....(略)。物事の背景にだれがどのように関わっているかを考える視点が成長したと思います。」


面接官「なるほど、ありがとうございます。」


あ、危なかった。

他の就活生も同様に答えていく。

質問は一周して僕に戻った。


面接官「先ほど、物事の裏側を見る視点の成長とおっしゃっていましたが、三菱地所を志望したなかで、なにか気付いたことはありますか?」

 

ボーナスクエスチョンかと思った。

実は、つい1週間前に丸の内のことを研究している友人を見つけて、三菱地所が丸の内を金融街にしていく上表立って公表していない困難を聞いたところだった。

教えてもらったことをそのまま言うと、面接官の表情が険しくなった。


面接官「それは誰から聞いたのですか...?」


え、まずいことを言ったのか。

思わず固唾を飲んだ。


「丸の内のことを研究している友人がいたので、その子に、土下座して教えてもらいました。」


面接官「なるほど、ありがとうございます。」


面接官が笑ってくれたので安心した。

よく知ってたなと思っていたように見えた。

 

 

その情報を教えてくれた友達にまじで感謝した。

ことごとくついてる。

ラッキーなことが次から次へと起こる状況にまるで天が味方についてるのではと思った。

もうこれで受からなかったら縁がなかったってことだ。

その日の夜。中々電話が来ず、お風呂に入っていた。

お風呂でも、ケータイはすぐそばにおいた。

 

鳴らない。

 

半ば諦めて髪を洗い始めた。

ガタガタガタッ

洗濯機の上に置いておいたケータイが鳴り始めた。

「はい、Azumaです。」

面接官「三菱地所の◯◯です。

今日の面接官だった。

いよっしゃああああ!!左手で拳を突き上げる。

面接官「今日はどうでした?

私「緊張しましたが、やりきりました!!」

面接官「そうなんですか。すごくリラックスされていて、良かったですよ。つきましては、次の面接に進んで頂きたいんですが、明日の午後19時でも大丈夫ですか?」

私「はい!!よろしくお願いします!!!」

面接官「何か聞きたいことはありますか?」

私「聞きたいことではないんですけど、今まで説明会などでお話を伺っていて、〇〇の話とかすごいウィットに富んでいて、面白いなと思っていたので、こうやってお話し出来て、いやーもう、ほんとうに、すっごく嬉しいです!」

面接官「よくそんなこと覚えてますね笑 Azumaくんとは是非来年一緒に働きたいと思ってます。頑張ってください!」

「なら内定をください。」

もちろん、そんなことを言えなかったが、「来年一緒に働きたい」この言葉はとても嬉しかった。お世辞だとしても、多少は、新卒担当の人に認めてもらっている。俺もいけるんじゃないか。

ただ、もちろん不安はあった。

特に3次面接は、Mさんが一番の難関だと言っていたもので、

今まで準備してきたことが全く意味をなさない面接だった。

その3次面接が終わった瞬間、正直もう一回やりたいと思った。

今までのと比べてもあまり手応えがなかった。

受かった気がしなかった。

「これは落ちたかもしれない」

母親に「どうだった?」と言われても、何も答えることができなかった。

微かな望みを持ちながら、その日も電話が来ることを待った。

内定通知以外は、即日で合格通知が来るはずだ。

 

来い。来い! 頼む。来い!

だが無情にも、その日にケータイが鳴ることはなかった。

じんわりと落ちたという実感が湧いてきた。

しかし、不思議とそんなに悔しい感情はなかった

「あー、落ちちゃった」程度だった。

自分はやれる所までやった。後悔はない。

 

地頭で負けた。

それならしょうがない。自分が至らなかっただけなんだから。
そう諦めがついていた。

次の日鳴ったケータイに出た時、それが地所からだったことが信じられなかった。

僕はついに三菱地所の最終面接の切符を手に入れていた。

ついに、最終面接に臨む

直ぐにMさんにメールを書いた。

 

「お陰さまで次ぎ最終面接です。頑張ってきます」

 

「お〜〜〜すごいじゃん!!
最終面接はもう本当に運だからリラックスして自然体で臨みな!ファイト〜〜!」

 

 

自分の心臓がドクンドクンと全身に血を送っているのが分かった。

受かる、受かる、受かる!

やっぱり俺は受かる運命なんだ

じゃないとこんな幸運続かないでしょ。

決して揺るぐことない自信もあった。

地所志望の誰よりも地所の準備をしていた自負があった。

ほとんどの人は三井不動産か三菱地所。

でも、雰囲気が地所に合うから地所、体育会系っぽいから三井不

程度な感じじゃん。

俺は何が何でも三菱地所。三井不じゃ志望動機が言えないんだ。

意気込みが違う。

俺にはご縁があるんだ。

ちなみに、この時点で、僕の手駒は3社しかなく、それぞれが最終面接だった。

月曜日にメーカー、火曜日に商社、水曜日に三菱地所だった。

10日の水曜日。

僕はいつしか周りからすごいと言われることに快感を覚えていた。

面接を通っていくごとに友人達は賞賛の声を惜しまなかった。

内定取ったらヒーロー扱い?

くーたまんねー!とか考えながら、面接に向かった。

そして、最終面接。

思ったよりもあっさりと終わった。

笑いも取ることが出来たし、志望動機もしっかりと言うことができた。

頑張ったこと、自己PR、予想外な質問、全て平均以上の出来だった。

しかし、相手は常にポーカーフェイスだったんで、どう受け止めていたかわからなかった。

それでも、3次面接より手応えはあった。

 

「なんとかなったんじゃ・・・?」

 

淡い期待を抱いた。

合格は13日までに通知と言われた。

その日の午後、ケータイが鳴った。

「もしかして・・・!」

メーカーの会社からだった。

よっしゃあああ!!

僕はメーカー内定を取れたことに歓喜した。

自信がついた。最終面接でもしっかり受かることが出来るんだ。

三菱地所も通ってるに違いない。

そう信じた。

待つことしかできないもどかしさ

f:id:azuma-excited:20160228221538p:plain

13日まであと2日。

何も手がつかなかった。

ケータイが震えるのをじっと待っていた。

時間が刻々と進む。

なんで来ないんだろう。早く電話かけろよ。

待つことしか出来ない現状にもどかしさを覚えた。

そして、

13日23時50分

ついにこの時間まで電話は来ていない。

「あーこないぞ。あと10分だぞ?」

もう落ちたじゃん。と思いながらも、まだ時間になっていないという希望が交錯する。

1秒。また1秒と時が積み重なっていく。

頼む。12時にならないでくれ・・・

12時になった瞬間をしかと見届けたのかは定かではない。

その瞬間を避けるかのように、気付いたら僕は眠りについていた。

エサを求めて、猫が僕のことを起こした。

自分が昨日そのまま眠りについたことが分かった。

ケータイを見た。

着信の通知は1個もなかった。

「あ、俺落ちたんだ。」

「ん?え?俺落ちたの?」

「うん。落ちてる。これ、落ちてるわ。」

信じられなかった。

段々と自分が落ちた現実を実感し始めた。

その瞬間、悲しみは怒りへと変わった。

「鳴れよ!!鳴ってくれよ!!!鳴れつってんだろ!!くそがっ!!」

ケータイをソファに叩き付けた。

「ふざけんなよ!」

部屋がぐわんと傾いたかのように、僕は立っていられず、ひれ伏した。

「頼むよ…なんでだよ…なんで鳴んないんだよ...」

体の奥底から沸き上がってくる力を

一体、どこに向ければ良いのかわからない。

足を思いっきり空に蹴り上げる。

何をやっても頭の中がスッキリしない。

僕の頭に浮かんだのはMさんだった。

「すみません…すみません…」

気付いたら、怒りは謝罪に変わっていて、僕は泣きながら謝った。

あんなに教えてもらったのに、僕は内定という結果を出すことが出来なかった。

「くっそ….うううう……ああああああああああ、、あ、、ああ」

怒り、悲しみ、申し訳なさ、全てが混同して、まるで川が氾濫しているかのように感情が一斉に溢れ出す。

しばらく泣き続けた。

泣くのは最高のストレス解消法というのは本当だ。

全ての感情が流れ去り、スッキリするまで、涙を流したあと、

なんとか自分に言い聞かせた。

「ま、いっかー!死ぬわけじゃないし。内定も頂いたんだし!」

とりあえず、今を楽しもう。今に目を向けよう。

就活のプレッシャーを感じない久しぶりの休日を楽しもうと思った。

その日の終わりのお風呂で、思わずこの4ヶ月間を思い出してしまった。

ESを書きつづけた毎日。

若手社員と交流するたびに、気分が高揚していたこと。

Mさんの刺激的な話。

面接が通るたびにはしゃいでいたこと。

人事の方の「来年一緒に働きたい」という言葉。

気付いたらまた涙がこぼれていた。

素直に、内定者を見つけて問いただしたかった。

何人にOB訪問してきたの?

そんなに頭良いの?

金融関係の人にもOB訪問したの?

何回ES書き直してきたの?

ねぇ?教えろよ。

俺よりもお前のほうが本当にふさわしいの?

メーカーの仕事が感覚的にはやりたかったことだった。

それに対して大きな嬉しさを感じていたが、

心の片隅に一片の悔しさを抱えていた。

ひたすら、自己肯定していた。

こっちのほうが良かった。

こっちの道で行けた方がよかったじゃん。

「実際の話を聞いても、地主の接待大変そうだよ?」

「契約書作りとか、毎日工事現場行くよりも、メーカーの方があなたのやりたいことじゃないの?」

「ただでさえ、あんたが地所でやりたかったことをやる人は少ないんだから、それが出来るとは限らなかったよ?」

分かってる。

分かってるんだ。

全部その通りだよ。

自分の本当のやりたいことではなかったんだよ。

ただ、やっぱり僕は今まで頑張ってきた就職活動を内定という結果で表したかった。

最終面接まで行ったんじゃなくて、内定取れたっていう形が欲しかったんだ。

夜にSkypeで模擬面接をしたり、いっぱい情報を教えてくれたり、頑張れって言ってくれた友達。色々な面で支えてくれた両親。そして、指導してくれたMさん。

今まで助けてくれた人のためにも。協力してくれた人のためにも。そして自分のためにも。

「お陰さまで内定取れたよ!ありがとう!」

って一言をどうしても、心の奥底から言いたかったんだ。

だけど、あと一歩のところで、「内定とれた!ありがとう!」と10文字程度のことを言えなかった。

あと一歩、あと一歩だったのになー

僕にはあと一歩がどのくらいなのか分からなかった。

就職浪人して、もう一回やってみようかな。

僕の気持ちは揺らいでいた。

僕の可能性

f:id:azuma-excited:20160228221937p:plain

数日後、テレビを見ていたら孫さんの弟が出ていて、高らかに宣言していた。

「日本にシリコンバレーに匹敵する程の産業集積地帯を作る」

ふと、笑ってしまった。

「え、ベンチャー企業でも作れんの?」

「産業集積地帯作りに携われるのは、御社だけだからです。」

これを武器に僕は三菱地所と戦った。

シリコンバレーの発端はある一人の男が広大な敷地を有効活用したことが発端だ。

民間企業だと、東京に莫大な土地を保持している三菱地所ならそれが出来る。

そう思ってた。

ただ、今テレビの前で孫泰蔵はベンチャー企業なのに、作ろうとしていた。

なーんだ。地所じゃなくても作れるんだ。

本気でそれに関わりたいと思うなら、別に地所行く必要もないじゃん。

一気に気分が軽くなった。

そして思った。

結果をただ拒むのではなく、全てを受け止める。

自分がやった努力もしっかりと受け止める。

そして、結果がでなかった事実も受け止める。

結果が出なかったから、お礼を言えないと思ったけど、

結果が出たから周りの人に感謝するんじゃなくて、

やってもらったことは感謝するべきだ。

結果を出した自分を褒めるのは重要だが、

毎日自分がやってきたことを褒めるのも同じくらい重要だ。

毎日一生懸命やった事実は変わらない。

幸運の掴み方

f:id:azuma-excited:20160228222115p:plain

僕は就職活動の頑張りを第1志望の内定という形で表す事は出来なかった。

ただ、これをどのような形で表すかはこれからの自分次第だし、一つ大切な事を学び取る事が出来た。

チャンスは準備している者にしか訪れないという言葉がある。

 

その通りだと思った。

ちゃんと準備していれば、どんどんと運が舞い込んでくることがある。

それを運命と勘違いしてしまう程に。

ただ、僕はこの言葉にひとこと付け加えたい。

良い準備は運を呼び込む。だけど、それで驕るな。

最終面接の前、受かった気で浮かれてるようじゃ駄目だった。

波に乗ってるときこそ身を引き締めてしっかりと目の前を見るべきだった。

もし、あそこでしっかり目の前のことに一生懸命だったら、

違う結果になっていたのだろうか。

僕は今もこの経験がバックボーンとして価値観に影響を受けています。
どんな時でも、自分を客観視して、目標へ目指す。
その大切さを学びました。

長文読んでいただき、ありがとうございました。
(この記事はstorys.jpより転載しました。)

読者募集中です。宜しければ、読者登録お願いします。

他に魂を込めて書いた記事はこちらです。是非読んでみてください。

www.bee-excited.com